「青年寄宿舎跡の碑」。

(あしあと その779・中央区の238・植物園の5)

北海道大学植物園の北側にある北5条通に面したマンションの前に、コンクリート製のベンチを象った石碑が建てられています。

石碑の正面に掲げられた、向かって左側の説明板には、

「青年寄宿舎跡の碑

1898(明治31)年11月3日、札幌農学校生の寄宿舎として市内北4条東2丁目に創立された青年寄宿舎は1900(明治33)年6月、移転新築されて以降、105ヵ年の間、この地にあった。

創立時より48ヵ年の長きにわたり舎長の任にあって舎生の札幌農学校・北海道大学学生に薫陶を及ぼされたのは宮部金吾先生である。先生が舎生にしめされて信教の自由、禁酒禁煙の二ヵ条は農学校クラーク教頭の言葉。コントロール・ユア・アペタイトに由来する自律自制の理念を説くものであった。それは寄宿舎運営の経済的自立、生活の規範などすべてがOB舎生を含んでの舎生自治に委ねられていた故に、一層深い意味を持ち続けたのである。ここに若き日々を過ごした舎生906人は心身の一隅に染みついた理念の一片を抱き、有志の「青年」として社会の前線-フロンティアへおもむいたのである。

時は移り、社会環境、生活条件の豊かにして多様に変動する時代となった。その社会的変遷のなかで青年寄宿舎独特の存在意義、その重さを支えるべき入舎生の状況、舎屋整備などの経済力は重責に耐える努力の限界をしめすようになり、ついに閉舎の時を迎えたのである。愛惜の思いをもって此所に碑を残す。

2005(平成17)年11月3日 財団法人青年寄宿舎 第六代理事長 奥田利恒」

と記されています。

向かって右側の説明板には、下部に大きく「旧舎屋:1900(明治33)年~1974(昭和49)年」、右側に「新舎屋:1974(昭和49)年~2005(平成17)年」の2つのイラストが添えられており、左上部には青年寄宿舎の略年譜が記されています。

「略年譜

1898(明治31)年 札幌基督教青年会の有志、札幌農学校教授宮部金吾を舎長として青年会寄宿舎を創設(北4条東2丁目)

1900(明治33)年 新築の舎屋に移転(北5条西9丁目農学校付属地の貸与をうける)

1904(明治37)年 札幌基督教青年会より独立、舎名を青年寄宿舎とする

1922(大正11)年 創立25周年記念事業 舎屋大修繕

1933(昭和8)年 財団法人 青年寄宿舎認可 理事長 宮部金吾

1946(昭和21)年 2代理事長 奥田義正就任 戦後期の寄宿舎維持に尽瘁される

1948(昭和23)年 創立50周年記念事業

1974(昭和49)年 舎屋改築 鉄筋コンクリート3階建となる

2004(平成16)年 理事会(6代理事長 奥田利恒)閉舎の準備開始

2005(平成17)年 財団法人 青年寄宿舎解散 閉舎 舎屋解体」

「歴史のあしあと 札幌の碑」(西部版)

「歴史のあしあと 札幌の碑」 ふとしたことで、札幌とその近郊に残された石碑や記念碑が気になり始めました。 歴史が刻まれてきた碑の数々を、後世に引き継いでいけたらと思います。

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