(あしあと その131・中央区の76・大通公園の11)
大通公園に面した老舗デパートの柱の前に、「小説家・武林夢想庵生誕地」の説明板が立てられています。
そこには次のように記されています。
「小説家・武林夢想庵生誕地
道産子作家の第一号である武林夢想庵は、明治13年(一八八〇)2月23日にここ南大通り西二丁目の一角で生まれた。
養父の武林盛一は札幌の写真界の草分けで、実父の三島常磐はその高弟で、のちに武林写真館を引継ぎこの業界のリーダーとして活躍した。また、札幌区連合衛生組合組長を勤めるなど、いくつもの公職について札幌のために尽くしている。
明治17年四歳のとき乞われて武林家の養子となり、東京に移った。東京大学を中退のあと、フランスにも渡り、大正期を代表するダダイズム作家として一家をなした。「結婚礼讃」「文明病患者」「飢渇信」「夢想庵独語」などの著作があるが、盲目のなかで全生涯を語った「むさうあん物語」は他に例をみない特異な自伝であり、故郷ものも多く収められている。昭和37年(1962)3月27日八十二歳で没した。」
夢想庵は、63歳の年に緑内障を患って失明してしまい、妻の筆記によって「むさうあん物語」が編まれました。彼が主唱したダダイズムは、「既成の秩序や常識に対する、否定、攻撃、破壊といった思想」を大きな特徴としたもので、彼自身破滅的な放浪生活を送っています。彼の作品は、青空文庫にも収録されておらず、札幌市中央図書館の蔵書検索で発見できません。
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