「寺田京子句碑」と副碑。

(あしあと その659・中央区の215・界川の4)

旭山記念公園の展望台から階段を降り、噴水広場の北側にある展望デッキを目指して進むと、その奥の方に自然石の碑が置かれています。これは「寺田京子句碑」です。

碑面には、「日の鷹がとぶ 骨片と なるまで飛ぶ 京子」と刻まれています。

碑の脇の地面には、黒御影石でできた副碑が置かれ、そこには

「寺田京子は大正十一年札幌市に生まれた。少女期より胸を病み、療養のかたわら句作に親しんだが、昭和三十一年句集「冬の匙」を上梓して俳壇の注目を浴び、第二句集「日の鷹」で現代俳句協会賞を受賞した。

一方放送作家としても活躍、同五十年には第三句集「鷺の巣」を刊行して女流俳人としての評価を高めた。同年秋遽(にわ)かに病革(あらた)まり、五十一年六月二十二日、五十四歳をもって生涯独身の人生を閉じた。

昭和五十八年六月十九日 寺田京子句碑建立発起人会」

と刻まれています。

寺田氏は若くして結核を病み、持病との闘いの中で自己を見つめる句を数多く作った療養俳人の一人です。この碑は、展望台よりも低い場所に位置しますが、広く札幌を市街を見渡すように置かれています。

「歴史のあしあと 札幌の碑」(西部版)

「歴史のあしあと 札幌の碑」 ふとしたことで、札幌とその近郊に残された石碑や記念碑が気になり始めました。 歴史が刻まれてきた碑の数々を、後世に引き継いでいけたらと思います。

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