(あしあと その648・南区の144・駒岡の2)
駒岡にある駒岡地区開拓記念会館の敷地に、巨大な自然石でできた碑があります。
会館の東側の敷地の奥に、「開拓碑」と刻まれた巨石の背後にブロック積みの壁が築かれています。
ブロック壁の向かって右側には、「組合員氏名」として「満州関係者」と「樺太関係者」そして「地元関係者」の氏名が多数刻まれた白御影の石板がはめ込まれています。
さらに左側には、
「開拓史
一 一千三百町歩解放開拓発祥是地
一 元道立真駒内種畜牧場跡米軍接収地区と 引揚者同志の活動により解放満州引揚者を主体とし樺太引揚者及地元戦災者が昭和二十二年七月二十日現地に入植
一 開団当初 団長唐木田眞氏外一三〇名の人々が衣食住の困難を克服し開拓に従事 開拓の進展と共に団の分離 第一開拓農協設立等により組合員の繁栄を計り今日に至る」
と刻まれた白御影の石板がはめ込まれています。
ここに記されているように、駒岡地区は戦後に開拓された新しい入植地であり、戦後大陸からの引揚者家族を中心にして開拓の第一歩が、この会館のある土地に記されました。駒岡の地名は、真駒内の「駒」と西岡の「岡」から名付けられたそうです。
南区のHPによると、この碑は、真駒内第一開拓農業協同組合が昭和41年12月に建立したもので、題字は当時の知事町村金五の揮ごうによるものだそうです。
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